|
この国の本質とは多国籍企業によるプランテーションです。国内135箇所の基地には5万人が駐留し、首都は常留の艦隊に睥睨され、政治的独立は付与されながらも経済的独立は容認されず、金融市場を通じ歳入を上回る社会資本が略奪されているのですから、典型であり純然な「新植民地主義」が実践されているわけです。外国人投資家の壮絶な売抜により過去10年間における東証のインカムゲイン流出が、推計300兆円規模に達することは既述のとおりです。
検察庁は米軍直轄の下部組織である「隠匿退蔵物資事件特捜部」を前身とし、小沢一郎の例証をあげるまでもなく、米国債買取の原資となる特別会計に言及する、あるいは日本市場での外資活動を妨げるなど、権益を損なう反逆者が粛清されることは語るまでもありません。 国家本質とは経済本質であり、経済本質とは企業本質であり、企業本質とは投資本質であり、生命財産も暴力装置も、連綿と金融グループに帰属しているのであり、むしろ所有物として絶対化されていると認識すべきでしょう。隣国の経済発展が喧伝されて久しいのですが、成長性は4億人農民工の奴隷労働を担保とする搾取に依拠しているのであり、多国籍企業による労働集約モデルのプランテーションに過ぎません。 地球経済は寡占資本のダイナミズムに呑み込まれ、生命はマネーと等価交換されています。弾圧や監視すらもグローバルに加速しつつあるのですが、我々が直面するファシズムもまた世界を平準化するCapitalismの衝動性であり、人格化した資本の意思と言えるでしょう。 3.11を機に憲法は形骸化しているのであり、我々はすでに生存権と財産権を逸失しています。ethnic state(民族集団)としての国家は解体され、むしろ観念の投影と化し、眼前にあるものは行政統治の断片であり残滓に過ぎません。 本質は原発事故ではなく社会資本をめぐる既得権益者と一般国民の二項対立図であり、搾取者と被搾取者間におけるbattle(闘争)の純化であるのかもしれません。Ground Design(俯瞰図)を垣間見るにはキャッシュフローに対する理解が不可欠です。 財源不足を事由に致死的な被爆地へ20数万人の児童を放置しているのですが、独立行政法人などへ対する12兆円ベースの天下り補助金は縮減されることもなく、官製部門の権益はいまだ不可侵の聖域に他なりません。つまり自粛により僅か8年で100兆円の財源が確保できるにかかわらず、この国は次世代の生命よりも官吏の不労所得を優先しているわけです。 今年度の為替介入資金は195兆円という天文学的な予算が計上されているのですが、国家崩壊がリアルと化した今際においてもAlien(異邦人)の略奪はやむことなく、むしろ過激化し先鋭化しているのであり、人類史上最大規模の搾取が粛々と実践されているわけです。つまりエスタブリッシュメント(官吏・政治集団)が既得権益を担保に他国へ統治権を委譲し、共謀的に国民を貪るという背信の悪夢がこの国の現実です。 中南米では新自由主義というイデオロギーにくわえNAFTA加盟により経済機能が破壊された挙句に暴力集団の抗争が恒常化し、市民を巻き込み凄惨な市街戦からアナルシー(無政府状態)へ突入しているのですが、様相はこの社会の近似的未来でありフラクタル(相似)と言えるでしょう。つまるところニンゲンは社会資本の争奪をめぐり互いに殺しあう生物なのであり、我々は遺伝プログラムによる自身の凶暴なメタモルフォーゼ(変態)をただ呆然と見ているだけなのかもしれません。 ![]() Tweet |
|
時代は多国籍企業が金融自由化により世界市場を単一にフォーマット化する端境期にあるのですが、むしろキャッシュフローという観点からすれば国民国家はすでに解体され、Capitalismという帝国の版図に与されているのかもしれません。つまり国家間紛争や民族対立あるいはイデオロギー対立すら虚構であり、全ては投資者のプロットから生起するのであり、「バタフライ効果」のようにランダムな現象も資本という縦横の糸で緻密に連鎖しています。
この国は構造改革を契機にNeo Liberalism(新自由主義)政策が軌道修正されることなく連綿と実践されているのですが、そもそも世界的な金融恐慌を引き起こした源泉が日本の投資マネーであることは語られることもありません。 Neo Liberalism(新自由主義)は過激な労働者搾取により過剰資本を蓄積するというアプリオリ(先見的事実)のとおり、2003年の派遣労働法改正により大企業群は100%増となる460兆円規模の内部留保を蓄えたのですが、この過剰資本が「円キャリー」として低金利調達され、サブプライムやCDSの投資に転用されたわけです。 本来は日本人労働者に分配されるべき付加価値が、terrorist(投資集団)のweapon(武器・弾薬)として供給され、我々は従属してlogistics(兵站)を担っています。軽薄なレイシスト(差別主義者)集団が粗暴化していますが、愛国を自称しながら脅威本質の末端がJPモルガンチェースあるいはゴールドマン・サックスという金融媒体であることを抽象する知性もありません。 この国の貧困率はOECD加盟30カ国中すでに4位まで上昇しました。つまるところNeo Liberalism(新自由主義)というイデオロギーは成立段階より搾取から崩壊に至るというsequence(連続性)がプログラムされているのであり、眼前にある貧困も絶望も、つまりは社会システムのアルゴリズム帰結に他なりません。 亡国がリアルと化しています。過剰にペシミスティックな言説は極力控えるようにしているのですが、原子炉事故による首都圏の汚染、勃発する世代間の健康被害、地価暴落による土地資本制度の終焉、担保毀損による信用システムの破綻、GDP2倍超の過剰公債、官僚・米国による社会資本の収奪など、崩壊のパラメーター(変数)はあまりにも精緻に同期しています。 3.11を契機にメディアの擬似像が日常を構造化して久しいですが、この社会は現実から目をそむけることにより現出する地獄の恐ろしさを理解することなく、むしろ主体的にディストピア未来との対峙よりも幸福の無知を選択しているのかもしれません。我々は頽廃を目撃しているのであり、国家ヴィジョンは「2+2は5である」と絶叫する個の放棄であり、1億人が皮相なナショナリズムに扇動されme-tooism(順応主義)というカルトへ傾斜しています。 ソビエトの崩壊時にインフラや公共資源はバウチャー(債権)化され国民に均等配分されたのですが、旧特権官僚が人為的インフレによりタダ同然で買い戻し、莫大な資本寡占の達成によりオルガリッヒ(新興財閥)へ転身したことは既述のとおりです。すでに東証暴落を契機として金融ベースでの日本国解体は投資集団のプロットへ仕組まれているのであり、隣接する大国は空間衝動を募らせているのであり、個々の生命はコード化されポートフォリオに分散されています。 ![]() Tweet |
|
書くという行為は自己表現であるとともに自己凝視であり自己省察なのですが、内在事実は外在事実と相対的かつ同期的であり、すなわち内面探求は世界探求とsynonym(同義)であるのだと思います。衝動をかき立て、突き動かしているのは、「つまり生命は資本に翻弄され続けるのか?」というたった一つの疑問です。
あらためて世界は資本循環のダイナミズムによる動的な力学プロセスなのであり、あらゆる社会現象は利回り最大化を目論むプログラムの顕現であると認識すべきでしょう。換言するならば戦争も侵略も飢餓も貧困も支配も弾圧も搾取も革命も報道も、おおよそすべては無国籍な投資者集団の掌上に成立しています。 政治機構あるいは官僚機構とは触媒的存在であり、叩き潰しても生きながらえる多頭の蛇であり、むしろ下層のレイヤーに過ぎないと言えるでしょう。支配構造は厳に不可視的であり、感覚経験と外在現実は無残に乖離しているのであり、社会本質は常にアナルシー(無政府状態)です。我々がこの世界のリアルを垣間見る手段とは、事実の断片を資本のフロー(渦動)につなぎ合わせ、トポロジー(接続形態)的にその歪なオブジェを立体視することなのかもしれません。 構造改革を機に貧困という社会暴力が席巻し10年が経過するのですが、つまるところ小泉政権とはチリのピノチェト政権と同じくグローバル企業が編成した経済傭兵集団(Economic Hitman)であったと言えるでしょう。米国を後ろ盾とするクーデターによりチリ軍事政権が成立して以降、ミルトン・フリードマン学説に従い粛々と新自由主義政策が実践された結果、産業資本は略奪され、国民生活は破綻し、挙句デフォルトへ追い込まれたことは周知のところです。 フリードマン学説とは公衆衛生、国民保険制度、関税障壁、最低賃金法、解雇規制これら一切の撤廃を主張する究極の市場原理主義に他なりません。我々の社会においても派遣労働法改正による労働者の非正規化、三角合併や時価会計制度による外国人投資家の企業支配が加速したのですが、その結果として日本人労働者が逸失した30兆円ベースの所得が200%増となるインカムゲイン(配当収入)として付け替えられ国外流出しています。つまり外圧によって社会は荒廃しました。 改革の本質とはAilen(異邦人)による日本市場のフォーマット化であり、日本人労働者の奴隷化であり、不可視的な領土侵略であると言えるでしょう。消費不足によるデフレも、200万を突破する生活保護受給者も、離散も倒産も自殺も淵源(IDEA)は略奪による個々の疲弊です。肉体の健康、精神の健全、生きる気力、人間の尊厳、家族の平穏、学びの機会など貧困とはこれら一切を奪う戦争に等しい純水の暴力であり、売国者はすなわち破壊分子でありテロリストに他なりません。 ![]() Tweet |
|
COMMENT LIST
【R.Kさん】 by Yukino>製薬会社の陰謀でしょうか…
陰謀というより資本論理ですね。製薬会社は数千億円のロビー活動をしていますから、予防接種や薬品や、FDAの認可とか健康度外視です。 |
|
執拗なトラブルに見舞われ心身ともに疲れきり、8年前とうとう日本から逃げ出し、放浪の果てに流れ着いた先がバンコクの安ホテルでした。ひがな一日なにをするわけでもなく市場や寺院をうろつき、道端の屋台で果実をかじり、中華街で麺をすすり家鴨を噛み、日暮れとともにふしだらな店で酒を煽り、挙句女性のアパートへ転がりこむなど、おおよそドラッグ以外あらゆる享楽と無為に浸かり、異国の廃園に沈潜しつつ遁走生活を送っていたわけです。
凡庸な市民であった男はやさぐれた漂泊者と化し、ひたすら鬱積と虚無を怠惰と混濁で希釈し瞑想していました。その最中にバービアのテレビから福知山線の事故を目撃するのですが、無就業者が放蕩を繰り返し、実直な勤労者が死に家族が苦しむという対称的な不条理性にむしろ実相を垣間見たのだと思います。 世界は悪意や作為、殺意や恣意に満ち溢れているのであり、自由意志や人格性が介在する余白は絶望的に乏しく、ニンゲンはこれら変数の総和と環境よって翻弄されるのであり、生まれながらに偶然あるいは必然との苦闘を運命づけられているのかもしれません。 「ブラウン運動」の花粉分子のように、時系列的に膨大な未知の変数(水分子衝突)が発生するのですから、僅かな初期値から未来を予見することなど数理的に不可能であり、経済社会もまた無数の因果律≒interaction(相互関係性)が成立せしめる複雑系に他なりません。ゴーダマ・シッダルータの利説どおり我々は自身に対し、また世界に対し無知なのであり、未来に対し蒙昧なのであり、誰もがラーフラ(不具者)に生まれついています。 この国のメディアはロールシャハテストの図版に等しく、流布される情報群に違和感なく秩序と整合を見出すのか、あるいは慄然として欺瞞と殺意を抽象するのか、反応性は人間力そのものと言えます。原発事故を契機にメディアを主軸とする認知支配が鮮明化しているのですが、あらためて我々はリテラシーと生存率がパラレルであると認識すべきであり、むしろ社会動性への洞察こそが先鋭化するファシズムへ抗う唯一の手段なのかもしれません。 被爆地における壮絶な健康被害の実態が明らかになるにつれ、真逆に不穏な国粋主義すら扇動されているのですが、尖閣諸島の買収というアジテーションなどその最たるものです。そもそも領土問題を唱導する首長自身が首都へ大量の汚染ガレキを搬入し焼却させ、放射性物質の拡散により天文学的な不動産資産の劣化をもたらし、つまり領土の縮小という国土剽窃を実践しているのですからパラドックスであり、史上類のない愚行であり背信に他なりません。 首都圏地価の10%下落により100兆円が毀損するのですから、本質は愛国行為でなくテロリズムであり、むしろファシストの美学や矜持もなく、認知機能が劣化した老人の醜い蒙動に過ぎないわけです。つまるところ民主主義と衆愚政治は同義であり、ポピュラリズムとファシズムは不可分のシャム双生児であり、この国の趨勢は自立思考や自己省察という内面的充実よりも、権威への従属と個の放棄という官能に依存し、今なおそれを無意識に求めやむことはありません。 ![]() Tweet |
|
社会構造をファシズムというmetaphor(暗喩)あるいはanalogy(類型)として考察する試みがブログのコンセプトだったわけですが、体系は僅か1年で加速的に全体主義へ傾斜し、むしろsimile(直喩)として剥き出しのファシズムへ変遷しています。つまり社会資本寡占という国家の内在論理が露呈し、生命は日々ごと粗暴に扱われ、既得権益者と一般国民の二項対立の軋みはさらに激しさを増しています。
換言するならば執拗な構造的暴力の席巻であり、直言するならば公務員による略奪と殺戮に他なりません。この国は370兆円という世界最大規模の国家予算を有しながら、僅か1%を削減し被曝地児童の疎開費用へ拠出する意思すら持たないほどにモラルが欠落し、メディアは異常に不均衡な社会資本配分を俎上に上げることもなくsimulacra(擬似象)で現実を歪め、我々の精神は眼前のジェノサイドを無思考に傍観するほど退行しています。 あらためて認識すべきは国政が民主的選挙により政治者へ委ねられているとういfallacy(錯誤)でしょう。議員立法の通過率は僅か10%程度にすぎず、可決される法案の90%が官僚の起草した内閣立法であり、この国の意思決定は官吏が掌握しているのであり、つまり議会制民主主義とはfake(虚構)すぎません。 敷衍するならば行政統治の上部構造としての官僚機構、多国籍資本の下部構造としての官僚機構に生命は弄ばれているのであり、個々は無機質に交換可能な、あるいは消耗指数的な準拠物とみなされています。 デカルトは信じて疑わないすべてを疑うことからはじめると「省察」の冒頭に書き記しているのですが、結局のところ我々には根本的な理解が欠落しているのであり、あらゆる蒙昧は世界に対する無知から派生していると言えます。個々は政治や社会のあるべき姿を語りながらも、そもそも国家資本というキャッシュフローの細部、あるいはヒエラルキーを構造化する力学を抽象することはありません。 小沢一郎という改革者が疑獄事件に翻弄され、およそ2年という活動期を空費することになったのですが、問題本質を理解しているのは支持者といえど極めて少数です。国策捜査の淵源が特別会計、特殊・独立行政法人、天下りというマネーロンダリング、あるいは支配基盤を支えるクロスメディア解体など利権集合というparasite(寄生体)の切除であり、むしろ腐敗構造を俎上に上げ可視化させるという行為自体がエスタブリッシュメントの逆鱗に触れたことは語るまでもありません。 我々はあらためて数字という言語だけが事実をあばくというa priori(先見的事実)に立ち返るべきでしょう。この国は民主主義国家の体裁でありながら、先進国に類のない単式簿記というベールで国家予算を隠蔽し、既得権益者が税収という社会資本の全額を私物化し着服するという専制国家に等しい公的暴力を実践しています。 官吏あるいはみなし官吏の給与、福利厚生、外郭団体群が発行した財政投融資の償還、天下りという不労所得の補助金、これら一切の合算が地方税+国税≒70兆円を上回ることは概述のとおりであり、我々は帰順し搾取されているのではなくむしろ隷属し所有されています。 民意の付託を受けた政治者が粛清される事由も、未曾有の災害と破局的な原発事故の最中に増税が強行される事由も、致死的な被爆地に28万人の児童が放置される事由も、すべての弾圧と暴力は同根であり、つまるところ台頭するファシズムの源泉は社会資本の寡占に他なりません。 ![]() Tweet |
| HOME |













【エントリー内容と関係ないのですが…】 by R.K
「薬の知識を子供たちに身に付けさせようと、今年度から中学校3年生を対象に「薬教育」が実施されている。市町村単位では、小学校で自主的に薬教育を行っている所もあり、中でも熱心なのは大阪市。市が関連経費を予算化、薬剤師が薬の飲み方などをイラストや模型を使って教えている。(佐々木詩)(産経新聞)」
製薬会社の陰謀でしょうか… 既にアメリカでは多くの子供達が薬漬けになっています。日本も遠からずそうなりそうです。イヤーな予感がします。